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三段峡渓谷内には幹周り5m余りのトチノキの巨木がたくさん自生している。 三段峡は国の特別名勝に指定されており渓谷の部では三段峡を含め全国で五カ所しか指定されてない貴重な自然が残っているところです。 今全国的にもトチノキは貴重な樹木となっている。人工的に街路地に植えている場所を除き、自然林が伐採され、ヒノキや杉に植え替えられている。 トチノキは、渓谷の川の近くか谷間に多く自生している。 ブナの木のように水系がなければ育ちにくい、木の表面にコケが生えているのはその証拠で、山のダムの役割もしている。 またブナのように空気の洗浄力が強く、橅(木でないと書く)どころか人間にとってもっとも大切な木である。 そのトチノキが6月ごろ葉っぱの上に葡萄の房を逆さにしたように白い花が咲く。 9月には栗によく似た実、トチの実(栗は先にとんがっているが、トチの実は天辺が平ら、しかし実は栗と違ってそのままでは苦くて食べられない。)が落ち だす。 その実を拾い、それを原料にしてお餅を搗く。これが我が橡餅(とちもち)です。 トチの実を日本人が食べた起源は、なんと縄文時代からだそうです。縄文遺跡からトチの実の殻が大量に出るそうです。 |
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縄文時代から食文化が、橡餅づくり3代目の私としては、どのように伝わったかは定かでない。 しかしこのトチの実の苦いこと苦いこと、食べてみなくてはわからない。 一日中その苦味が口に残るのは請合う。 この苦味をとる技法、これが伝統の技術といったもので、縄文時代の苦味を取る大掛かりな装置の発掘から相当先人は苦労したことがわかる。 直接教わったのは、祖母から父へと両方から教わった伝統の技術、つくり続けて早く子供たちへと伝承せねばと少々あせっている。 まずトチの実を手で拾う。大量に拾う。山に登る。谷に下りる。オイコに背負って集める。 その実を持ち帰り水につける。 なぜ? なぜっていって中には虫が食っているものもある (蓼食う虫も好きづき)。 2日から3日水につける。 もう一つ水につけるのはトチの実は成長を続けている。 それを止めることによりいたみにくくなる。 水からあげる。それを天日に干す。 ちょうどいい具合に9月は天候のいい日が続く。1ヶ月ぐらい干す。 雨の日は大変、みんなで大急ぎで家の中に入れる。 天日で干すのが一番、乾燥機などですればトチの実がよくない。 理由はわからない。カチカチに干す。 これでトチの実はいつまでも保存できる。昔は屋根裏に保管して(火をたくので、すすがついて虫がつかないから)食するときまで保管する。 昔は飢饉のときの非常食としていた。 干しただけでは食べられない。 殻をむぎやすくするためまずお湯に3日から5日つける。 昔はそれを「へし」という道具で一つ一つ殻をむいでいたが、父が麦をつぶす機械を改良して「殻むぎ機」を作った。 そのおかげで大量のトチの実をむぐことができる。 一つの欠点は殻と実が一緒に出るので、いちいち殻と実を分ける作業を加えなくてはならなくなった。 しかし作業は機械任せで力はいらなくなった。 殻から解放された実は、又「殻むぎ機」にかけられさらに平べったくされる。 次にその平べったくなった橡の実を灰汁(あく)に2日つける。そのあと灰汁からあげ袋にいれ橋から垂らされたロープに結び1週間ぐらい川にさらす。 これを川から上げ、良く水洗いしその後、あつい湯で洗い、水をきり殻が混ざっていないか選別する。 これを我々は食い灰と言っている灰汁に一日つける。 これでやっと食べられる橡の実ができる。 それを餅米と一緒にうむし、杵で搗く。こうしてでき上がったのが、当店の橡餅(とちもち)です。 苦い実がこうして美味しくて体に良いお餅になるのです。なんと気がつくと2ヶ月を経過している。 橡の実をおいしく作るために当館独自の方法がある。それは、そばの殻を焼いて、それを灰にしてつくる農作業行程が別に加わるのです。 ここにおばあちゃんから教わった企業秘密の伝統の技があり美味しい橡餅の秘訣があるのです。 しかし大げさな話と思わずれるけど、実際にはこんな大変な行程をしてまでしてトチ餅を作る人がいなくなったのが現実です。 |
そば作り灰汁を作るための原料そばの茎は、昔はいらないものだから近くの農家でもらっていた。しかし農作業方法が機械化され、其の茎は畑にまいて肥料にしてしまうようになってきて 茎が手に入らなくなってきた。 そこで平成7年から親戚の農家にそばの作り方を教わってきた。 最初は失敗ばかり、なんせ、草ぼうぼうのそばができ、それをなんと草刈り機で刈ってみたりした。 茎なんかとれるどころか実もとれない有様だった。 やはりそばは鎌で丁寧に刈らなければならない。 しかし草とそばとが混ざっているのでなかなか効率的にいかない。最初は蒔く前何もしないで手で耕し、手当たり次第にそばの実を蒔いていた。結果はこの有様だった。 今でこそ笑い話になってきたが、そばを作っていると人にいえるようになったのは、そこから五年ぐらいたってからである。 今でも毎年勉強で農業は根が深い。経験の積み重ねと人間の知恵が毎年農業改革を成し遂げ今日がある。 しかし農業は継続して後世に残し続けなれれば成らない。 今では、親戚から譲ってもらった耕耘機で2反5畝の耕地をたがやし、畝を掘りそこにそばを蒔き、そばができるときはみんなで刈り、ハデゴを作りそばを干す。 そばが乾いたら木うすでたたきそばをとり、茎は焼いて灰をとる。 これで本来は目的を完了したはず。 最初芸北町の農家から1升のそばを分けてもらった種は、最初は次の年の種をとること程しかなかったが、だんだん休耕する田が多くなって、その田を借りてそばを作っていたらそばが余ってきた。 なんと罰当たりか、本来そばは人間の命をつなぐための貴重な食料なのです。 食べてみたら買って食べたそばより、美味しいではないか。 昔は母も祖母もよくそばを打って食わしてくれていた。そば粉100%の美味しいそば。 そうだ、これもみんなに食べてもらおう。ということでジミー矢島さんというそば打ちの名人を講師に招いて、この地域でそばをつくって売りだそうということになった。 時間は無限に必要に成っている。 これは自分も勉強するけど、地域みんなでやってもらわなくては成らない。 三段峡の観光業者の仲間三段峡観光同業組合で今みんなで勉強中である。 そのうちそばの方が有名に成る日がくるかも、きっとくる。 そば作りの体験は、私の農業の見方を百八十度変えて、これは町の人にも実際やってもらえば口で説明しても分からない。ただ人生が豊かに成ることだけは請け負います。 |
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橡餅は、とち餅、栃餅、トチモチなどいわれているが、当館は昔のとちの字を使っているだけで同じもので、伝統をアピールしたつもりです(すこし偉そうです)。 しかし牛皮でつくるお菓子とは全然違います。 当館の橡餅は、お餅です。 そのお餅のなかにトチの実を使っているだけです。 お餅は時間がたつと堅くなります。 長い間おくとカビも生えます。 このカビ、昔は洗って焼いて食べていたものです。 害には成りません。 しかし今こんな事言ったら怒られますよね。 そこでできるだけ早く到着後3日いないに食してもらいたいのです。アンの入っているお餅は、特に早くお願いしたいです。 アンの入っていない橡餅は冷凍しても大丈夫です。 そうすれば長持ちします。 しかし最近は賞味期限の表示が必要ですから6日間の表示をしていますから、これは家庭内の処理の方法という心得程度にしていただきたいです。 でもやはり、かちかちに堅いよりまだ柔らかい方が美味しいです。 そのまま食べるのですかとよく質問されます。 いえいえ、餅はついたあとだんだん堅くなります。添加物の入っていない者は必ずお餅は堅くなります。 (牛皮で作ったお餅はお菓子ですので堅くなりませんが、これはお餅ではありません。餅米を粉にして水飴、砂糖などを加えて加工したお菓子です。しかしこれはこれで美味しい。) 前口上が長くなりましたが、美味しい食べ方です。 |
アン入りの橡餅は、焼いて召し上がって下さい。
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三段峡渓谷内には幹周り7m余りのトチノキの巨木がたくさん自生している。 三段峡は国の特別名勝に指定されており渓谷の部では三段峡を含め全国で五カ所しか指定されてない貴重な自然が残っているところです。 今全国的にもトチノキは貴重な樹木となっている。人工的に街路地に植えている場所を除き、自然林が伐採され、ヒノキや杉に植え替えられている。 トチノキは、渓谷の川の近くか谷間に多く自生している。 ブナの木のように水系がなければ育ちにくい、木の表面にコケが生えているのはその証拠で、山のダムの役割もしている。 またブナのように空気の洗浄力が強く、橅(木でないと書く)どころか人間にとってもっとも大切な木である。 そのトチノキが6月ごろ葉っぱの上に葡萄の房を逆さにしたように白い花が咲く。 9月には栗によく似た実、トチの実(栗は先にとんがっているが、トチの実は天辺が平ら、しかし実は栗と違ってそのままでは苦くて食べられない。)が落ち だす。 その実を拾い、それを原料にしてお餅を搗く。これが我が橡餅(とちもち)です。 トチの実を日本人が食べた起源は、なんと縄文時代からだそうです。縄文遺跡からトチの実の殻が大量に出るそうです。 |